「愛は動詞」
これはマザーテレサの言葉だったような気がします。随分昔に読んだためあやふやですが。
私たちの口は、愛情を込めた言葉を発するためにある、優しい言葉、励ます言葉、あなたがいかに素晴らしい存在かを伝えるためにあります。
私たちの手は、暖かく誰かを抱きしめるためにあります。誰かにお茶を入れ、美味しいご飯を作るために、そして自分の、ひとの痛みにそっと手を添える時のために。
未熟だった頃は、わたしの言葉は刃のように冷たく人を傷つけ、手はひとを振り払い、叩きつけるためにありました。許してください。
今、全存在をかけて愛する人に再会して、彼に、あたたかい言葉をかけたいと思っています。再会の日にそっと、手の甲にキスをしてくれた彼の気持ちを受け入れ彼を抱きしめるために、自分の手があると思っています。
どう思われるかとか、恋愛のテクニックとかどうでもよくなりました。ただ愛してしまっている自分を認めて、そのままを(受け入れられる形にする努力は必要ですが)彼に伝えたい。
自分の役に立つからという、打算的な冷たい恋とは、まったく違う熱い愛の只中に放り込まれるのがツインソウルとの出会いで、そこで燃えつきるのはエゴやプライド、自分だと思い込んでいた重い鎧なのかもしれません。
燃え尽くされた後、純粋な光となったわたしたちは、本当の愛を、天上の恋を、地上の花にするのです。
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