2014年12月22日月曜日

自分を許すということ


私は、自分に許されたかったのかもしれません。自分をまるごと愛したかっただけかもしれません。

ツインソウルとの間柄にはいっさいのごまかしがきかず、針の先ほどの心の動きまではっきりと自分に見えてしまいます。その震えが本当に苦しかった。

今は、彼をただ愛してしまった自分をそのまま受け入れたいと思っています。

逃げて、逃げて、(15年も!)やっぱり逃げられなかった。深い地層で繋がれたふたりの絆は、ちょっとやそっとで切れるものではありませんでした。

今でも、単なる恋愛だったらいいのに、浮気だったらいいのにと思うことがあります。それなら終わりになるのに、とため息が出ます。

私は長いこと、自分は神様に愛される存在ではないと思い込んでいました。理由は「いい子じゃないから」。人に意地悪なことを思うこともあるし、ささいなことで腹をたてることもある。悪い言葉を使うこともあるし、好きになってはいけない(と社会で決まっている人)を好きで好きでどうしようもない。

その反動で、ガチガチの「いい子」を演じてきました。いい娘、いい孫、いいきょうだい、いい妻でありたいと、自分の頭で想像した「良い振る舞い」で自分を律して理性だけで生きようとしてきました。それはすべて「愛されるため」でした。


でもツインソウルの衝撃は、理性なんてふっとばしてしまい、そのままの自分をさらけ出してしまいました。

そして、そのままでいい。

ありのままの自分がそのままかわいくてしかたない。

今は、そう思えます。


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