運命が変わったとはっきりと感じられたのは2014年5月の末のある日でした。
その日の朝、亡くなった祖母を思い泣いた後、久しぶりに「彼」を強烈に思い出してたまらない思いににとらわれていました。
昼頃出かけたのは、とあるお寺でした。そこを歩いている時不思議な感覚におそわれました。
音もなく湧き出す清水、遠くで聞こえる鳥の声だけ、という静寂にそのあたり全体から暖かいもので包まれている感じがしてきました。
「それ」は力強く、下から上へと私の体を柔らかく貫きました。
そのとき感じたのは「これが生命の泉。それに今触れている」というものでした。
自分もその生命の泉の一部、泉からほとばしる小さな滴の一つなのだと。
生命の泉は甘露でした。暖かく、甘く、すべてのいのちを育む。
静謐で、にぎやかで、すべてが弾けるように笑っている。
楽しい。
それがいのち、でした。
ずっとずっと探していた答えにその日、出会ったのです。
それは生命の全肯定であり、人の理性にある分別を超え、善悪も罪も罰もなく、ただひたすらそのままの、ありのままの姿でいたらいい。
「彼」を愛することを自分に禁じてから15年が経っていました。
半身をひきちぎるようにして、諦めようとして諦めきれず、大人になろうとして、しかばねになりかけてもそれでも生きてきた、自分を否定して、叱咤激励して向上しようとして、それでも自分を認められず受け入れられなかった長い長い苦行の日々が終わった瞬間でした。
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