深く魂から繋がっている相手、ツインソウル(と思われる)「彼」にせっかく再会したのにもかかわらず、いまだに臆病風に吹かれて逃げたくなることがあります。
愛されることへの恐怖、というのもあるのですが、もうひとつ、自分の真の姿をまるごと愛さなくてはいけないという葛藤があるようです。彼と対峙するとすべてが明らかになってしまうのです、なぜか。
「彼」と言葉を交わし始めたころ、「この人って金と権力の話ばかりするなあ」と思ったことを覚えています。人は自分の鏡と言いますから、何か他人に引っかかることがあればそれは自分の姿があらわになっているということ。
それをじっと思い出しながら考えていたら、「金と権力が大好きなのは自分」とはっきりわかってしまいました。きゃーーはずかしい!と誰もいないのに思わず身を隠そうとしてしまうほど恥ずかしい発見でした。
「ありのままに」という歌が今年は流行りましたが、「ありのままの自分」は映画の中では魔女のような人を傷つける存在だと思っていた自分のこと、(実は、能力が高すぎて適応できない姿なのかもしれません)に私には見えました。
私の場合は、「金と権力が大好きな、それを清廉なふりをして隠しているとんでもない女」、がありのままの自分でした。
金と権力のためなら、人も自分も、まるで道具のように扱うことをなんとも思わない冷血で計算高い女。そんな自分まであらわになってしまいました。
もう笑うしかありません。どこかで、自分は知っていたのでしょう、自分はこういう女だと。それなのにまるごと愛されてしまってどうしたらいいのかわからない。無条件の愛を受ける価値がないのに、と思っていたのかもしれません。
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