2015年1月9日金曜日

自分を愛するということ

ツインは自分自身でもあるので、自分を愛せないうちは、とてもつらくて対峙できません。

自分が愛せないと思っている部分(狭量さ、非寛容、傲慢)をこれでもか!と見せてくれます。

出会いの喜びが倍な分、その見たくないものを突きつけられる濃度も倍で、苦しくて逃げたくなります。(それもランナーになった理由かも?)

ありのままの自分を愛し、許すということ。



前世での数々の悪行を思い出しました。

わたしは、太古の昔、軍の幹部として、何千人という敵と仲間を殺していました。丘の上に立ち、草原で泥と血の匂いが充満する戦場に自分が立っているのが見えました。

そのとき、自分が殺した人々の気持ちを知るために、数知れない回数の転生をした気がします。何度も殺される側にまわり、戦いに巻き込まれるということを経験してきた気がします。

少し前に、南アジアの国で、何十人といった子どもたちが銃撃された事件のニュースを見て、わたしは涙が止まりませんでした。子どもたちのために祈り、そして殺した男たちのために祈りました。

殺したほうは、一生、恐怖に見開かれた子どもたちの目と叫び声から解放されることはありません。悪夢にうなされ、自分の身を滅ぼしたとしてもなお、罪の意識は消えることはなく、ずっと自分自身を苛み続けるのです。


そうして、すべての転生を終え、カルマが終わった時(罪と罰ではなく、自分がしたことをされる側に回るという経験を積み、そちらがわの視点を知ることがカルマだとわたしは思っています)、自分自身を大量殺人者である自分を許し、許されたという実感がわいた時、他の誰も批判したり憎んだりできなくなっている自分に出会いました。

出会う人の誰ひとりとして、軽んじることはできないし、上下もない。

ただ旅をしている魂と出会っているという感覚が、人に出会うと思えるようになりました。

すべての人を許し、愛する。
それが自分自身を許し、愛するということと同じ。

それを知って、ようやくホッとして、すべての鎧をはずして、このままでいいんだ、ありのままの自分でほんとうにいいのだと思った時、いきなり幕が開いてそこに彼が待っていました。










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