「親なんて仮のもの」
この言葉を読んだのは、10年以上前のことでしょうか
父親にはべったりとして、ファザコン気味の私ですが、御多分に洩れず、母親とは心を開ききれない、緊張感が子供の頃からずっとありました。
ひとは生まれ変わりながら、親の役をしたり、子の役としたりして、学んでいくという考えを知ってからも、あまり母との関係はすっきりとしないものでした。
ずっと感じていたこと。
「お母さんはわたしのこと好き?」
という疑問。
忙しい家で、三人の子育てと仕事を両立しながら、忙しない日々を送っていた母。
姑との折り合い、親戚付き合いと、ゆったりとした時間はまったくなかったでしょう。
優しい言葉、温かい言葉は、母自身が祖母との関係で得たことがなかったため、わたしにとっては優しい言葉をかける母親像というのは「バカボンのママ」くらいのフィクションでした。
母は、いろんなことに批判的でしたが、特に男女関係には過敏に反応していました。
芸能人の方の不倫略奪婚!というゴシップには、「こんなことをするから罰が当たって病気になる」など、短絡的に結論付けては、こきおろすのが常でした。
わたしは、若い時にツインと出会い、相手が既婚者だったことで関係を続ける勇気を持てませんでした。
「普通の結婚、普通の出産」をしたい、反社会的なことをすることは罪で、それをとてつもなく恐ろしいことだと思っていました。それを誰に刷り込まれたかといえば、テレビとそれを倍増させる母の言葉だったのだと今は思います。
でもやっぱり忘れられず、今、ツインとは外から見ればダブル不倫と謗られても仕方のない関係。
何よりも、母に認めてもらえない関係なのだ、もしこれから先お互いが結婚を解消して一緒になるとしても母は認めないだろう。
そういう恐怖、コミュニティからはじき出される恐怖でしょうか、それが自分を支配していることに気づきました。
つみびとである自分。
それでも、きっとこの思いはやまない。
そこで出した結論は、「娘が不始末をしでかした」という役を母も演じて学ぶのだろうということ。
概念の結婚をして、「いい旦那でしあわせでしょ」とわたしの苦痛は見て見ぬ振りをする(ほんとうにわからないのかもしれませんが)母は、イメージの母、ではなくて、一人の修行中の魂で、どうしてもわかりあえないところがあるのだということを。
それを受け入れるだけで、ずいぶん楽になります。
母親とはこうあるべき、という自分の概念からも自由になれます。
40過ぎたら親を捨てよう。
こういうスローガンを広めたい。
実際に、面倒を見ないとか、介護しないということではなく、「親」という呪縛から自分を解き放とう。
そんなふうに思います。
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