執着を手放すことができました。
それは、夫への執着。あるべき家庭の姿への執着。
わたしの子ども時代は、家族も多く、親戚も多く、いつもわいわいがやがやとしていて誰かが家にいて、こんにちは〜という声が聞こえたらお客様が茶の間にいるのが当たり前でした。
子どもは、二人か三人、いつも笑い声が絶えなくて、遊んで、学んで、というホームドラマのような暮らしが「家族」であり、それを作るために結婚したのに、なぜこの人はそれに応えてくれないのだろう、尽くし方が足りないのだろうか?もっと尽くして良い妻になれば、いつかその「家族」は実現するのではないか。
40歳になって、それが無理だとわかったとき、絶望に包まれました。
夫は、実家の状況がよく似ていて、きっとこの人とならそういった理想の家庭を作れる、と「夫自身」を見つめることなく、結婚して、無理に結婚を続けていた自分に気づきました。
どうして離婚できなかったのか。
わたしは彼はいつか変わってくれるという願いという形をとった「不平不満」を抱えていたのでした。
ありのままの、夫を見つめると、自分のビジネスで成功すること、趣味を極めること、ひとりで完結する人生を送れる人。
それをわたしは、被害者になったり、救済者になろうとしたりして、なんとか理想の家庭を築かせようとしていたのだと。
いま、夫への執着を諦め、(諦め=明らかに見るということ)ありのままの自分たちを見つめたとき、すうっと執着を手放すことができました。
感謝しよう。
いま、健康で、自由時間がたっぷりある境遇に。
9年半の結婚生活で、自分がどれだけ傷つき、立ち直り、学び、成長したかを。
夫への興味と関心を、完全に断ち切ったことで、むしろありのままの彼を見つめることができました。
興味と関心といえば聞こえは良いけれど、要は自分の思い通りの夫像を押しつけ、そうでないと苛立ち、矯正しようとしていたのでした。
いま、夫婦であり続けることへの執着が途切れ、自分自身の人生に全力を尽くせるようになりました。
妻たるもの、夫を支え、自分の人生なんて思ってはいけない、どこかで刷り込まれた理想の夫婦像を手放すことができました。
妻である前に、わたしはひとりの女性。才能もやる気もある。
大丈夫。生きていける。
記事の投稿時刻が1111ですね(^^)
返信削除moon さん コメントありがとうございます。ほんとですね!びっくり。
削除カミーユさん、おひさしぶりです。
返信削除今回の記事読ませいていただいて、とても力強さを感じました。
はばたいていかれている様子に勇気をいただいています。
いつも素敵な記事をありがとうございます。これからも応援しております☆
愛と感謝をこめて。
yukoさん コメントありがとうございます。そう言っていただけて本当に嬉しいです。少しずつ進んでいるのですね、わたしも皆様も。ありがとうございます。
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