2015年11月22日日曜日

一年の嵐を超えて

忘れられない昔の恋人との再会から、一年を超えて、自分の変化に驚きます。

スピリチュアルな学びも、現世での学びもジェットコースターのような速さで過ごしてきました。

人脈が変わりました。

出会う方々がまったくそれまでとは違い、ぐっと深くでも軽やかに付き合えるようになりました。

知らなかったクンダリーニや、聞こえない声が聞こえてくるようになって、霊能のようなものを開花させるべきなのかと悩んだこともありましたが、それはやはり、今までの人生の信念、「目に見えないものは、エッセンス。1〜2割で十分」は変わらず、これからは人生をきちんと歩いていくことに注力したいと思います。

ツインと再会しました、めでたしめでたし、という締めくくり方にならなくて、申し訳ないのですが、わたしとツインの人生はまだまだ続きます。

彼は公のためにも力を尽くしたいと思っているところがあり、今後はわたしもそこにフォーカスしないと前に進めない気がしています。

この一年は、「一緒にいたい、近づきたい」ということばかりが心、頭を占めていましたが、どうやってわたしはほかの方のお役に立てるのか。そういうことを考えて実践していくことになるかと思います。



2015年11月20日金曜日

彼がランナーになったかも

ツインの彼の住む街に出かけてきました。

一週間前、メールをしました。

この日に行きます。

彼からの返事はありませんでした。


普通の何気ない会話はメールの返事があるのに、今回はなし。

考えられるのは、
1.忙しくてわからない、返事をする暇もない

2.ツインソウルなんかではなく、興味がなくなった

3.ランナーになってしまった。


1ならしかたない。

2なら、本当の相手がお互いいるということだし、それはどうしようもないこと。なのでではさようなら、という結論になります。

3ならば、「はーい、行ってらっしゃーい」と朝、学校に行く息子を送り出す母のような声をかけて送り出すイメージ。


つまり、どれであって、ツインがわたしと会おうとしなくなったとしても、特に嘆き悲しむことはないのです。そして、実際に嘆き悲しまない自分に驚きました。

拒絶されることを恐れ、逃げた元ランナーだと自分のことを考えていましたが、拒絶されてもたいしたことはなかったのです。

やはり、ツインソウルのランナーは、相手の拒絶ではなく、自分自身の真の姿を見つめることができないために逃げるのでしょう。

愛を失うことよりも、真実愛されている自分をそのままで受け入れることができないから逃げる。

もっとちゃんとしていないと、愛されるはずがないのに、でも愛されるという混乱の中、その愛から逃げ出して、地獄へと身を投じる。それがランナーとしてのわたしでした。



いま、身も心もすっきりとして毎日充足し、幸せで満ち足りている人生がやっと始まりました。

わたしはツインが連絡をよこそうと拒絶しようと、彼を愛しているし、愛になんの変化もありません。

そしてわたしは神にわたしのままで、いまのままで愛されていることを一瞬一瞬実感して、本当に幸せです。


神様に、わたしという魂を生かしてくださってありがとうございます。素晴らしい彼との出会いを与えてくださってありがとうございます。と、心から思えます。








2015年11月12日木曜日

愛と感謝がもたらした変化

ふと気付いた変化。

ほんの一ヶ月前まで、夫が話す一言一言が嫌で、苛立って、たまらなかった。

夫が近くにいると、体が緊張でこわばり、全身が粟立つようだった。

それが、なくなっていた。普通に、仲のいい友人と過ごすように、会話して笑っている自分がいた。



自分を愛するワークをとにかくやっていたおかげかな?と思うのですが、自分をずっと責めていた「なまけもの」とか「稼ぎもないのに」とか、「ブス」とかそういう罵倒の声が頭のなかで響かなくなっていた。

「なんとかなるよ」「大丈夫」「ゆっくりいこう」「かわいいかわいい」

そういう言葉で頭が満たされるようになり、歩くときに緊張していた体がゆっくりとほどけていく。

全部自分でやらなくては、と力み返っていたのがやっとほぐれていく。

家事も、用事も、淡々と進められるようになり、かつ一瞬一瞬が楽しめるようになっていた。

完璧主義者で、頑固だった自分がやっと、ほぐれて本来の光に満ちている気がしている。

ツインへの想いも、きっといつか一緒になれるとゆったりと構えられるようになってきた。

今日も、自分をいたわり、可愛がって過ごします。

読んでくださってありがとうございます。


Camille



2015年11月10日火曜日

過去の観念から自分を解く

なぜ、愛を受け入れられないのか。

今朝、見えてきたヴィジョンは、修験道者の自分でした。

家族の愛は、俗世へのしがらみ。それは修行する身には不要。むしろ邪魔である。

という観念を持った自分でした。


こういう過去世の思い込みは、特に何かを癒すとか、なんとかするということではなく、思い出すと消えます。

ああ、こんな観念があったんだ。と思うだけで、またひとつ楽になります。



もうひとつ、ずっとあったのが、霊能者としては生きたくないという強固な思い。

それもまた、霊能を人を活かすためではなく、人を殺すために使っていたという過去世の後悔からでした。




しかし、いま、わたしは力には振り回されない強さを持っています。

霊能でお金儲けは絶対にしないけれど、アドバイスを求めている人に出会ったら、ためらわず、わかりやすく伝えることで、お役に立とう。

そう思えるようになってきました。




2015年11月9日月曜日

ワーク5.愛の恐れを手放す

余談ですが、今日銀行さんに行ったら、渡された番号が「111」

いま、ブログを開いたら、昨日投稿した記事へのアクセスが「111」

でした。

いろいろなサイトをざっと見て「思考が現実化します」という言葉がピンときました。

「恐れにフォーカスすればそれも現実化します」

ちょうど、いま取り組んでいるワーク。

「愛の恐れを手放す」

ツインと会いたい。
でも会うのが怖い。

愛に飛び込むことが怖くて、躊躇してしまう。

いまの結婚生活は、完璧とまでは言えないまでも、あまり夫の機嫌が気にならなくなってからとても快適になってきました。

このままでもいいのかな。

ツインと一緒になりたいなんて非現実的な夢を追わないほうがいいのかな。

今いるところで幸せになったほうがいいのかな。

そういう思考の奥には、すべてをさらけ出して愛される自信がないという恐れがあります。

自分を愛して、大切にしている日々ですが、時々、疲れて横になるだけで罪悪感が生まれます。「こんなに怠けて!」と冷たく容赦のない声が聞こえてきます。

自分を責める、自分自身の声。

いつかどこかで、自分を責めることを覚えてしまった。

自分を、たとえ疲れても、怠けても、それでもいいと思えるくらいのすべてを愛すること。

たとえ病気になっても、姿が変わるくらいの事故にあったとしても。

それでも自分を愛する。人に迷惑をかけても、それでも自分を愛して許す。

「いいんだよ、それで」

そう自分に言葉をかけています。




2015年11月7日土曜日

ランナーは執着すら理由にする



わたしがランナーになったのは、執着、恐れ、怒りが原因でした。

強く惹かれあい、言葉を交わすだけで幸せで仕方のない時間。

この幸せは、この人ともっと近づいて、それから失ってしまったら?というとてつもない恐怖と表裏一体でした。



わたしの頭はこういうストーリーを作り上げました。

ツインは結婚したばかり、社会的な責任を人一倍気にする彼のこと、離婚なんてするはずがない。「形」に表現されてこそ愛。どれだけ純粋な思いでも私は愛人、不倫相手にしかすぎない。ひとりでさびしく生きて、ツインの家族が増えていくのを聞かされたら気が狂ってしまうにちがいない。


彼の愛を独占したい。

彼を求めてもその形が手に入らないことを、許せない。

求めても仕方のない「形」を求め続ける自分の弱さが許せない。

これは愛ではなくて執着になってしまっている。だから、やめにしよう。

この恋は強烈だけれど、きっといつか青春の思い出にできるはず。


いま、この「形」への執着を見つめると、形が手に入らないことではなく、「形が手に入らないからやめる」という言い訳を使って、愛から逃げようとしたのだとわかります。

あまりに執着がものすごい力で自分を引っ張り、自分だと思っていた存在すべてがバラバラに壊れていくような気がした。

壊れてよかったのに。

そのまま、愛に身を委ねればよかったのに。


わたしは自分自身に謝りたい。

本心を裏切って、彼から去ったことを自分に謝りたい。






2015年11月6日金曜日

今朝の夢

夢を見ました。

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古い建物の中、腐って落ちそうな階段を上がり、最上階へ。

そこにはたくさんの人々。

窓から見える巨大なクレーンが、突然、今いる建物を壊すために迫ってくる。

猫を抱いていたわたしは、飛び降りて逃げる。

地上にも、警察のような制服姿の人々がたくさんいて、わたしたちを捕まえようとしている。

いつの間にか、猫は、かわいい色の白い小さな赤ちゃんに変わっていた。

わたしは、赤ちゃんを抱いて、逃げる。

途中で、赤ちゃんの父親にも出会うことができて、彼も赤ちゃんを抱っこして、微笑む。

彼もまた逃げている。

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夢分析に一時期こっていたことがあり、自己流で考えてみると、古い建物、そこで出会った人々は、わたしが持っていた既成の概念。

それを打ち壊し、わたしを縛ろうとする権威(警察のような存在)そこからも離れることにした。

猫と赤ちゃんは、わたしの大切な柔らかな心、新しい価値観。

起きた時は、逃げなくてはという焦りでちょっと息が上がるほどでしたが、冷静に書き出してみるととてもいい夢です。





2015年11月5日木曜日

夢とヴィジョンと

久しぶりにくっきりとしたツインの夢を見ました。

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スーツ姿で、はすむかいに座っている会社の風景。

わたしの席は隣の方が、話しかけてきて、困ってしまっているのを、ちらちらと見ないふりをしようとしながら、見てしまって、何かあったらすぐに立ち上がろうと身構えているツイン。

笑顔が大好きで、わたしはみとれてしまう。
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そんな夢を見て、気分良く過ごしていた午前中のこと。

さまざまな思いを書き綴っていると、そこに、じっとツインが見つめているヴィジョンが浮かんできました。わたしの右手に手を添わせて、じっと抱きしめている感覚。

幸せで幸せで、涙が出てきました。

共にいきているんだという実感。

ずっと笑顔のまま街に出かけてしまう、少々怪しい今日のわたしでした。





2015年11月4日水曜日

ワーク4.恐れを手放す

恐れって、手放そう手放そうと思うと、余計に恐れが強くなりまとわりつくような気がします。

昨日やってみたワークは、恐れにフォーカスするのではなく、恐れが示す本当の願いにフォーカスして強気で宣言するということ。

私の恐れそれは「ツインを失うのではないか」という恐怖。

その恐れが強すぎて、いっそ失ってしまった方がましだとランナーになったわけですが、いまだに、再会してもなお恐れはふわふわとつきまといます。

それをなんとかしよう、ということをいったん取りやめて、その恐れが示す、本当の願いにフォーカスしてみました。

わたしの願い、それは「ツインとともに生きていきたい」ということ。


その願いを受け止め、ちょっと強気をスパイスとして

「ツインは必ずわたしを選ぶ」

とアファーメーションしてみました。

すっきりとして、いい気分です。



2015年11月2日月曜日

ワーク3.自分を愛する

お天気が曇りだったり雨だったり、急に寒くなって気分が鬱々として乗らない。

ため息ばかり出る日。

そんなとき、責めたくなるのは、ツインがもっとメールしてくれたらいいのにとか。(いい迷惑)

気分を晴らしたいときは、自分を喜ばせるために何かをする。

ゆっくりとお風呂に入って、好きな小説を読む

昼寝する

ビールを昼から開けて飲む

そして自分のために料理する。

忘れていたレシピ。最近は自分のためではなく、夫のためにと作ることばかりで、自分が本当に食べたいものは作っていなかった。昔よく作っていた豚のひき肉の春雨煮。簡単なレシピなのに、ひとりで過ごす昼にも作っていなかった。

わたしは自分を忘れてた。

他の人のためだけに生きてしまうことが、「いいこと」で自分のために何かをすることに罪悪感があった。

何か言い訳(がんばったからごほうび、とか)が必要で、お酒を飲むのも罪悪感があった。

ただ、自分を喜ばせたい。

そうやって、あれこれしているうちに、すっかり元気を取り戻した。

そして、久しぶりに楽しみのために文章を書いた。


このブログは読んでくださる方のために、という意識が少し働くけれど、ノートに綴るのはただ自分が読むだけなのに、どこかで肩に力を入れてた。ただ楽しむだけの日。

なんて素敵なんだろう。自分を愛するって。






ワーク2.感謝


毎朝、いろいろなことを書くノートがあります。

ふと思いついて、感謝の言葉を書き連ねてみました。

誰に対してかというと、元彼の皆様へ。

最初に付き合った高校時代からのボーイフレンド、大学2年の時に会った異国の人、留学先で出会った笑顔が素敵な彼、社会に出てから出会った方々。

なんとなく、恥の部分も多い過去の恋愛なので、思い出すこともなるべく避けていたのですが、ひとりひとりの顔と名前を書きながら、その付き合いに感謝の言葉を書きました。

「⚪︎⚪︎くん、いつも穏やかで優しくしてくれてありがとう」

などと。

そして、一番難しい夫への感謝の言葉も。

お互いが憧れて結婚して、すぐに破綻したけれど、わたしを追い出すこともせず最近はずいぶんと気を使ってくれるようになった夫。

ひとりでは経験できなかったような、大胆な行動への感謝のことば。

面と向かうとぞっとしてしまい、1m近くに寄るのも嫌なくらいの夫ですが、書いていれば感謝のことばはさまざまに出てきました。

それが意外なことでした。

なんとなくすっきり。これもいいワークでした。


ワーク1. 男性性と女性性

自分を振り返るワークをこのところしています。

テーマの一つは、女性性と男性性。

思い返せば、小さい頃から母には「結婚なんてしなくていい」と言われて育ちました。自立心を持ち、仕事を持ち、一人で生きていく女性であってほしいという願いを母の年代では叶わなかった自立、自由の夢を娘に託したのでしょう。

受験に勝つことだけが10代のすべてで、めでたく有名大学に受かった後は、その後の学業、キャリアをブルドーザーのように突き進もうとした日々でした。

学校を出てから、友人の起業を手伝い、小さなビジネスを起こし、マーケティングを学び、結果を出す。それに無上の喜びを感じていた20代。

夫となる人は、同じくビジネスを生きて、二人でもっと大きくしよう、と過剰なまでに自分を膨らませ、追い詰めていたのが30代の最初、そしてすぐに破裂するようにその願いは破綻しました。

鬱々として、死にたいということだけが望みの30代でした。

こういう視点で自分を見つめ直すと、20代は結果至上主義、努力至上主義の男性性が過剰な時代、30代は無力になり、非力に泣き続ける女性性の時代と言える気がします。

わたしは、若い頃は、人への関心も感謝もなく、人の心をおもんばかることよりも批判し、議論して打ち倒そうとしていました。そして結婚してからは、ひたすら夫の顔色をビクビクと見て、自分というものを完全に失っていました。

40代になった今、ツインとの再会でエネルギーが格段にアップし、人への優しさ思いやりを表現できるだけ心は柔らかく女性らしくなり、そして、主婦だからといって何もできないわけではなく、知っていることをわかちあったり文章で表現することができる、独立、自由を求めた男性性をも取り戻しました。

これが、自分の過去世も含めての、自分の男性性と女性性を統合していくことなのかもしれません。

ツインは男性らしい男性ですが、ものすごく繊細で情熱的なところを隠しているようなところがあります。お互い、それを認め合い、受け入れた時にすごく素敵なパートナーシップが産まれる気がしています。


追記:
そうして、完全になったふたりがもう一度統合するということ、それは、二つが一つになるのではなく、二つが四つにも、さらにもっと多くにもなる瞬間なのかもしれません。そのためにわたしたちはあの日、冒険の旅に出たのではないかと。