よーく自分を観察していると、ツインとの関係が苦しい、やめたいと、もがくときというのは、「普通、付き合うと言ったらこういうことだから」「いまの状態では、付き合っているとはいえない」「きっとこれからも一緒にはなれない」「だったらきっぱり別れたほうがいい」という思考になり、恋愛という形が整わないことに、苛立ちと焦りを感じて、もういい!もうやめる!と思うようになり、
そして、そう決めた途端に、
地に足がつかないような、ふわふわとした感覚になり、どうしたら早く死ねるだろうか、この世は生きているだけで地獄だ、ということばがぐるぐると回り、何かをかぶったようにもやもやとして何も考えられなくなり、意欲もなくなる。
そこで、もう一度自分に問いかける。
「愛してないの?」
もちろん、愛していますとも。出会ってから、もうすぐ17年。
愛していないときなど一瞬たりともなかったし、これからもない。
飯田史彦さんのツインソウル、に書いてありましたが、魂の罪、つまりツインソウルと出会いながら愛を交歓しないことは、魂への罪であると。それがようやくわかってきた気がします。
ツインへの愛をやめようと思った途端に、自分への愛も遮断され、愛なくして生きていくことはできないことを思い知らされます。
ツインを愛することは、自分を愛すること。
あなたに出会うために生まれてきた、と本気で思うならば、
つまり、ツインのために、この自分は存在する。
たとえ、形は整わなくても、わたしが、彼に元気で、健康で、活躍して、才能を生かし切ってほしいと望むように、自分自身も大切にし、尊重して、ツインが隣にいて気遣ってくれるようにわたし自身を扱おうと。
ツインの宝物を、管理しているのが自分というように、思えば、投げやりになったり、暴飲暴食したり、心身を痛めつけたりできなくなります。
今日も愛しています。
ありがとう。
Camille
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