2015年8月1日土曜日

天の配剤ならば

どうして、ツインが結婚した直後にわたしたちは出会ったのだろう?

どうして、近づこうとすると近づけないような仕事の配置になったのだろう?

どうして、こんなに遠い街に住んでいるのだろう?



そういうことを考え出すと、ぐるぐると八方塞がりになります。

八方塞がりになったら、深く穴を掘るか、天を見上げるしかしようがない。

深く自分を見つめ、それから天を見上げて、答えを求めました。

強烈に会いたい、一緒になりたいという想いが、起爆剤となって、これからふたりの人生の燃料になっていくのだと言われた気がしました。

純粋な愛となって、それでもこの現世を生きて行くということ。

何度もロミオとジュリエットか、近松門左衛門の心中ものか、と思い出すほど、死へと向かおうとする心。

それは、もう前世で経験済み。

今世は生き抜いて、困難な愛でも貫きたいと、それがわたしの魂の願いなのではないかと。

この現世には、倫理があり、法律があり、世間の目があり、非難される、駆逐されるという恐怖を植えつけられて生きています。

もっと、人は自由なのだと。
愛は自由なのだと、それを現世で現実にするのだと。


ささやかなふたりの愛でも、大切に育てていきたい。そう思えるようになりました。

というか、思わないと、倫理に力を奪われて、近いうちに死んでしまいそうなのです。死んだって構わないとずっと思っていたけれど、まだ生き抜きたいと魂は力強く脈を打っています。



ツインとの再会から1年。驚くほど生命力を取り戻したわたしでした。




0 件のコメント:

コメントを投稿