愛という言葉は、動詞である。マザーテレサの言葉でしたか。
食事を作ること、眠った人に毛布をかけること、いっぱいの水を差し出すこと、励ましの言葉をかけること、笑顔をむけること。
そういった、日常にできることを少しずつしていくことが「愛を生きる」ということなのかなと考えていたのですが、
わたしの中には嫉妬心がまだメラメラと燃えていて、ツインのご家族のことを思うと胸にキリを打ち込まれるように痛くなり、息ができないほどの嫉妬に蛇に化身しそうになるときもあります。
その方にはもちろんなんの罪もなく、ただ、うらやましいというわたしの気持ちが勝手にわたしを苦しめているだけなのですが、
たぶん、この世で一番難しいのが、その方を愛するということなのではないかと思うほど、無条件の愛といっても、愛することはとうていできそうにありません。
でも、少しだけとっかかりが。
わたしは未熟者すぎて、愛とは思えないけど、感謝はできるかもしれない。
いつもツインの生活を支えてくれている方なのだと。ツインが選んだのだからきっと素晴らしい方なのだろうと。
そこには、ツインとのカルマのようなものもあってきっとこの二人にも経験しなくてはいけない学びがあってその過程を過ごしておられる方なのだと。
正直、自分の結婚生活を見ても、まわりの友人のあけすけな話を聞いても、結婚相手を心から愛して、幸せでと思っている人はほぼいません。
みんな苦しい学びの途中であり、もっと他の人生の道があったのではないかと思っているのです。
そういえば、17年前にツインに出会ったとき、「これは天上の恋だ」と思いました。
完璧すぎて、美しすぎて、この恋が叶うことはこの世ではありえないだろうと。
それから17年経っても、それでもまだ、諦められなくて、奇跡を願っているわたしがいます。
ありえない恋が、叶う日が来ることを。
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