2015年12月24日木曜日

ランナーはさなぎのようなもの

昨夏のこと、セミがさなぎから脱皮する瞬間を目撃したことがあります。

子どもの頃ファーブル昆虫記で読んだ、「生まれたばかりのせみは薄緑色をしている」という文章がずっと頭のどこかにあって、いつか見て見たいその色を、と思っていました。

念願が叶い、夜10時頃、玄関の脇で割れ始めたセミのさなぎ。茶色い硬そうな殻から、ファーブルの言う通りの、薄緑色に光り輝くような新しい命が生まれる瞬間を、20分ほど固唾を飲んで見守っていました。

その色は、他の自然界の何色にも例えられないような、柔らかく発光するような薄緑色で、形はしっかりとセミの形をしています。その生命の不思議に感嘆していました。

ふと昨日そのことを思い出していて、「ああ、ランナーもさなぎのようだ」と頭の中でつながりができました。

表面上は、茶色の殻が木の枝なんかにくっついていて、何も変化がないように見えるけれど、内側では幼虫から成虫へと劇的な変化が起きている。

そして時が満ちたら、そのさなぎは割れ、美しい羽を持ったセミが現れる。

サイレント期間、という言葉もあるように、静かで何も起こらないように見える期間も、実は、内面の変化はすさまじいものがあり、変化しているランナー。

きっと美しい羽を得て、その羽でチェイサーの元に帰ってくる。

それが、ランナーの姿のような気がしてなりません。







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