2015年12月29日火曜日

傷つくこと 脱皮すること

コンサルをしている友人と話していて、気づいたこと。

今までのやり方ではうまくいかないんだから、こうしましょう、という話をするとき、傷ついてしまう人がいる。

それって、あなたの心を傷つけているのではなく、あなたがいま脱皮しようとしている古い皮が傷つくことで、より破れやすくなり、新生の自分が生まれようとしているということなんだよ、そう信じられる?というアドバイスをするといいのかもね〜と話していました。

きっと、ツインに出会って傷つきぼろぼろになるのは、古い概念の皮。

へびさんや蟹さんが脱皮するように、いらなくなった、サイズに合わなくなった概念を脱ぎ捨て、やわらかく新しい自分になっていく。

それが、成長というものなのかもしれない。

成長って、大きくなったり、何かを身につけていくこととはかぎらない。

フラジャイルな自分をさらけだすこと、さらけだしても、守られ愛されていると信じられること。

そういう成長もきっとある。





2015年12月27日日曜日

本気で望むこと、自分に許すこと

いままでで、本気で自分が願い、それに向かって努力し続けた結果、手に入らなかったことはあるでしょうか。

わたしは、ある欧米の街に留学する夢を中学生の時に持ち、語学を学び続け、10年かけて夢を叶えたことを思い出しました。

ビジネスを始めた時は、「全国紙にカラー写真で載ること」を目標とし、3年で叶いました。

こういう人と結婚したいという20に及ぶリストを書き、まったくその通りの男性と結婚した。

こういうスタイルの家に住みたいと願い、それは結婚5年で叶いました。



本気で願ったことで叶わないことはなかったのではないか?

いま、ツインと一緒ではない人生はなぜなのかと思い返した時、わたしは先日の「決断」の記事と同じですが、本気でそれを望むことを自分に許してこなかったのだと気付きました。

ツインはあまりにも素敵で、輝いていて、とっても可愛くて素敵な奥さん(と噂で聞いた)がいました。

たいして女性としての魅力もなく、生意気なだけなわたしが近づいてはいけない人だと思っていました。

憧れて、憧れて、息もできないくらいドキドキして、でもそばにいると誰よりも体が緩みこころを開いてしまう不思議な存在でした。

見つめあって、触れ合いもせず、何時間でもおしゃべりを続けていました。

こんなに素晴らしい人との関係が築けるとは思えなかった。

なぜか、といえば自分に自信がなく、自己肯定、自己価値を持つことができなかったという点にあります。

劣等感のかたまりで、自分はどうしようもない子だとどこかで思い込んでいました。


それが、いろんなワークを通じて、「自分は素晴らしい存在だ」「価値がある存在だ」「思い切り愛されている存在だ」と信じられるようになり、わたしは力を取り戻した気がしています。

いま、そんな素晴らしい自分が、この世でただ一人の愛する男性と幸せな日々を送ることを許したいと思っています。

わたしは欲張りなので、仕事もしたいし、裕福に趣味も楽しんで暮らしたい、毎日愛する人に触れて笑いあって暮らしたい。

そんな欲張りな自分を許し、認めて、愛すると宣言したときに、本気で自分の幸せを願えるようになりました。

ビジネスや勉強は、願いを定めて、自分の日々の努力をし続けるわけですが、ツインと一緒になるという幸せな未来のために、いまわたしができることは何かといえば、目の前にいるいまの暮らしで出会う人に親切にして、あたたかい言葉をかけて、その人の尊厳を認めて、否定せず、何か手助けできることがあれば力を尽くす。こうしてブログで日々の気付きをシェアすることも、「行動」のうちなのかもしれないと思っています。

願いを自分に許し、決断すると、ものすごい力が湧いてきます。

その力は「行動」への燃料となります。

願いを持つことすら自分に許さなかった、でもどうしても願いを捨てることのできない自分を「不倫願望の汚い女だ」と糾弾することをやめ、わたしの本当のこころは彼と共に生きて共に死ぬことを望んでいるのことを認め、自分に許します。



わたしは、わたしの愛が、奇跡を起こすところを目撃したい。

関係者全てが、より自由に幸せになる道を進んでいると信じて。













2015年12月25日金曜日

チェイサーのおまじない

今日は、ちょっとキツかったです。

朝から、寂しさ、イライラ、どうしようもない悲しみ。

眠いし、ぼーっとしてしまうし、何をしても読んでも書いても、冴えない気分。

チェイサーってこういう気分なのか。寂しくて寄る辺がなくて、どうしようもなく、何にもできずに、ただ時間が経つのを待つしかないのだろうか。何をしたらいいのだろう。

気力がすべて流れ出て、骨組みだけになってしまったみたいに寒風に吹かれている気分でした。

こういう日もあるのかなあと、お風呂に入っていて、眠さに耐え切れず、目を閉じてウトウトとしていました。(万が一お風呂で眠ってしまっても溺れない浅いバスタブなのでご安心を)


そのとき、頭に響いてきたことば。


「わたしはめちゃくちゃに愛されている」



パッと目が開き、いきなり今日1日暗かった目の前が光に満ちていました。

「わたしはめちゃくちゃに愛されている」

誰に?

すべてに。

神様?ツイン?

神様もツインも、ご先祖様も、あなたの周りにいる人にも、この宇宙すべてに。

あなたはめちゃくちゃに愛されている。




「わたしはめちゃくちゃに愛されている」

これが、今日からチェイサーのおまじないです。

どうしようもない気分になってしまった時は、そういう自分を抱きしめて「わたしはめちゃくちゃに愛されている」と言ってみようと思います。





破壊も計画的に

昨日のポストの補足。

新しい家を計画していて、それは「今はないけれど未来にはあり、そのための今日の建築計画がある」という考えですが、

もし家を建てる予定の土地が、更地ではなく、古家が建っていたら、そこをまず解体しないといけません。

もしかしたら、今わたしがいる場所は、「解体を計画する」という段階なのかもしれません。

いきなり、ダイナマイトでぶっ壊すということもありなのかもしれませんが、近隣の住民の皆様がびっくりするでしょうし、環境にも悪影響。

それよりも、解体計画をたて、静かに粛々とすることを選択することもできます。

自分が今まで住んでいた家、古い場所は、自分の身の丈にもうあっていなくてもそれなりに愛着もあるし、更地にして、家が建たなかったらどうしよう、という不安や恐怖を覚えることもあるでしょう。

ツインとの未来が、「新しい家」なら、今自分がどこにいるか、そう考えてみるのも少し息抜きになるかもしれません。

今日は、午前中は気持ち的にパツパツになっていて、余裕がありませんでしたから夕方買い物がてら少し遠いスーパーまで歩いて行って、夕暮れの空を見上げているうちに、ふっと楽になりました。

このブログが、苦しむ方の少しのヒントになりますように。

今日も愛を込めて


Camille



2015年12月24日木曜日

時は未来から流れてくる


時というものは、普通の感覚だと過去から未来に流れているように見えるのですが、それは暦上のことで、見かけのもの。

実は時というものは未来から流れてくるんだよ、という話を尊敬する方から聞いて、不思議に思っていました。

それが、あるとき、ぱっと理解できました。

それは、友人が家を建てるという話をしてくれたときのこと。

家のプランを楽しそうに語る友人と、「明日は建築士の方と打ち合わせで」という話。

そうか、「家」は今現在は実際にはない。今は更地。けれど建つことは決まっていて、未来には「そこにある」

そこにある「家」は確定した未来で、それを現実のものにするために「今」がある。

具体的には、間取りを決めたり、内装を決めたり、仮住まいするならそのスケジューリングをして、といったこまごまとしたことは「今現在起きていること」、そしてそれは「決まっている未来のための行動」

時間は未来から流れてくる、というのは「こうなる姿」がわかっていて、そのために「今がある」ということなのだと。

わたしたちの究極の姿は、菩薩だったりするのかもしれませんが、それはとても壮大なお話で、もう少し手前の未来、わたしはツインと統合するという未来があり、それは決まっていることで、そのために今日があるのだと思えるようになりました。

何度も頭に浮かぶ、笑顔の二人が友人や家族に互いを紹介している映像。
幸せでしかたのない日常のふたりの姿。

そんなの到底ムリ、かないっこない、と打ち消そうとしても、湧き上がってくる映像は、未来からの「確定された」生活はこれだよという完成予想図なのだと。

ツインとは、一緒になるって決まっているのです。

だから、今はどーんと構えて、自分の楽しいことをして、ずっと幸せな波動でいましょう!

大丈夫大丈夫!



〜クリスマスイヴに愛をこめて。

いつもありがとうございます。
あなたが読んでくださるから、こうして書き続けられます。


Camille 






ランナーはさなぎのようなもの

昨夏のこと、セミがさなぎから脱皮する瞬間を目撃したことがあります。

子どもの頃ファーブル昆虫記で読んだ、「生まれたばかりのせみは薄緑色をしている」という文章がずっと頭のどこかにあって、いつか見て見たいその色を、と思っていました。

念願が叶い、夜10時頃、玄関の脇で割れ始めたセミのさなぎ。茶色い硬そうな殻から、ファーブルの言う通りの、薄緑色に光り輝くような新しい命が生まれる瞬間を、20分ほど固唾を飲んで見守っていました。

その色は、他の自然界の何色にも例えられないような、柔らかく発光するような薄緑色で、形はしっかりとセミの形をしています。その生命の不思議に感嘆していました。

ふと昨日そのことを思い出していて、「ああ、ランナーもさなぎのようだ」と頭の中でつながりができました。

表面上は、茶色の殻が木の枝なんかにくっついていて、何も変化がないように見えるけれど、内側では幼虫から成虫へと劇的な変化が起きている。

そして時が満ちたら、そのさなぎは割れ、美しい羽を持ったセミが現れる。

サイレント期間、という言葉もあるように、静かで何も起こらないように見える期間も、実は、内面の変化はすさまじいものがあり、変化しているランナー。

きっと美しい羽を得て、その羽でチェイサーの元に帰ってくる。

それが、ランナーの姿のような気がしてなりません。







2015年12月22日火曜日

愛より感謝のほうがしっくりくるかな

愛という言葉は、動詞である。マザーテレサの言葉でしたか。

食事を作ること、眠った人に毛布をかけること、いっぱいの水を差し出すこと、励ましの言葉をかけること、笑顔をむけること。

そういった、日常にできることを少しずつしていくことが「愛を生きる」ということなのかなと考えていたのですが、

わたしの中には嫉妬心がまだメラメラと燃えていて、ツインのご家族のことを思うと胸にキリを打ち込まれるように痛くなり、息ができないほどの嫉妬に蛇に化身しそうになるときもあります。

その方にはもちろんなんの罪もなく、ただ、うらやましいというわたしの気持ちが勝手にわたしを苦しめているだけなのですが、

たぶん、この世で一番難しいのが、その方を愛するということなのではないかと思うほど、無条件の愛といっても、愛することはとうていできそうにありません。



でも、少しだけとっかかりが。

わたしは未熟者すぎて、愛とは思えないけど、感謝はできるかもしれない。

いつもツインの生活を支えてくれている方なのだと。ツインが選んだのだからきっと素晴らしい方なのだろうと。

そこには、ツインとのカルマのようなものもあってきっとこの二人にも経験しなくてはいけない学びがあってその過程を過ごしておられる方なのだと。

正直、自分の結婚生活を見ても、まわりの友人のあけすけな話を聞いても、結婚相手を心から愛して、幸せでと思っている人はほぼいません。

みんな苦しい学びの途中であり、もっと他の人生の道があったのではないかと思っているのです。

そういえば、17年前にツインに出会ったとき、「これは天上の恋だ」と思いました。

完璧すぎて、美しすぎて、この恋が叶うことはこの世ではありえないだろうと。

それから17年経っても、それでもまだ、諦められなくて、奇跡を願っているわたしがいます。

ありえない恋が、叶う日が来ることを。




決断するかどうか

ずっと、考えていたことがあります。

どうして、一緒になるツインソウルと、一緒にならないツインソウルがいるのだろう?と。

うまくいっているツインソウルのかたはブログを書いたりする必要がたぶんあまりないので、うまくいっていない(この世的な意味で)ツインソウルの慟哭ブログが世に溢れているわけですが、その違いはなんだろうかと。

ツインソウルは出会うと一緒になろうとしてものすごい宇宙の引力が働くので、それに驚き、恐怖を感じて逃げるという一面もあるとは思うのですが、どうしても抗えないことにそのまま身を委ねる人と、逃げようとする人(自分も含め)、離れたままでいいと思う人の違いはなんなのだろうかと。

最近、気づいたのですが、「決断するかどうか」だけなのではないかと。

ツインソウルの二人が同時にだとすごいパワーになるのでしょうが、時間差があったとしても、お互いが、「一緒になる」と決めた時に、運命がまた動き出すのではないでしょうか。

わたしを振り返ると、自分の中には、彼の家庭を、幸せを壊してしまうのではないかという恐れ、社会から非難されることへの恐れ、自分が今の豊かで安楽な暮らしを失うことへの恐れが確かにありました。

一緒になりたいという思いよりも、恐れの方が強くて、実は彼がランナーになったことに少しほっとしているところがあるのです。

もう、この葛藤や痛みに向き合わなくてもいいという安堵感。

もう、このまま今生は会えなくてもいいかな、なんて頭をよぎることもありました。

ですが、心、魂は、まったく諦めておらず、一緒になりたいと叫び続けます。ずっと彼が涙を目に浮かべて、わたしの頭を両手で抱えて、彼の額とわたしの額を合わせている映像が脳裏から離れない。

一緒になりたいという願いを、「彼に執着するなんて成長が足りない」と自分を弾劾する。

そういうことをやめて、自然に、心に従うこと。認めること。

すべてを捨てて、彼と一緒になると決めること。

そのときに、運命が動き出す。

といっても、まだ怖いのですけどね。



2015年12月20日日曜日

過去の記事はすべて

過去に書き綴っていた記事、ちょうど昨年の今頃に始めたブログ。

最近よく読まれている記事と表示されたのは

「ランナーは逃げている?」
http://messagefromcamille.blogspot.jp/2015/02/blog-post.html

でした。


この文章、逃げた17年前のわたしの心情を綴ったものですが、いま、わたしの大切な彼の気持ちを表しているような気がしています。

こんなに大切なのに、抱きしめることが怖くて、離れてしまう。

本当にツインソウルなら、きっといつか一緒に生きられる日が来るはず。

わたしはそう信じて、いまは自分を愛し尽くして、日々を暮らしています。





2015年12月4日金曜日

執着を手放し無条件の愛へ

最近、また少しトンネルを抜けました。

わたしの「成長」のイメージは、いらない荷物を下ろしていくこと、身軽になって柔らかくなっていくこと、なのですが、

この一年、ものすごく彼に執着していたことに気づきました。

「また離れたら生きていけない」

「もっとメールしてほしい」

「わたしのことを大事にしてほしい」

「いつか一緒になると言って」

口には出さなくても、自分がべっとりと重い執着で彼にまとわりついていた気がします。生霊ですね。そりゃ拒絶もされるわ、とようやく気づきました。



無条件の愛とは?と考えてみて、それは、「何があっても愛すること」なのだとようやく体感しました。

たとえ彼とまた離れ離れになっても、彼が何のアクションを起こさなくても、それでも。

それでも、愛は変わらないし、ずっと思い続けるでしょう。

あなたが学ぶ時間と相手を尊重し、わたしもこちらで自分の人生を尊重して大切に日々を過ごしていくね。

そうつぶやけるようになったとき、軽やかに、ひとつまた荷物を下ろしました。


ツインと出会って、一番の学びは自分を愛すること。

今の自分がかわいくて、大切でたまらないと感じることができたとき、わたしは初めて自分の人生を始められるような気がしています。







2015年12月3日木曜日

落ち込む時は真っ逆さま

落ち込みの流儀も、40年以上生きていると確立されてきます。

落ち込む時は、真っ逆さま。

正気に戻らなくては、大人なんだから、なんていう、理性は働かせず、わんわん泣いて、膝を抱えてお風呂に入ってまた泣いて。

もう涙が出ないほど泣き尽くして、ヨガニードラのCDをかけて眠る。

すると。

トランポリンに跳ね返されるように、ぴょーんと元いた場所よりもちょっと上がっている。

テンションも、俯瞰の能力も。

ははは、と笑いも生まれてくる。

ここまでわたしを泣かせるなんて、世界中にあなたしかいないよ、と呟く、また笑う。

アップダウンも激しいですが、時間は短くなりました。


2015年12月2日水曜日

久々にのたうちまわり

昨日の夜から、久しぶりののたうちまわり。

このまま思い続けて、それだけで天に繋がって幸せだな〜とこのところ思っていて、穏やかな愛に変わったのかと悟ったつもりでおりましたが。

突然、涙が溢れ出して、叫びそうになるので、あわてて、眠いふりをして布団に入り、ティッシュで口を押さえて、声にならない叫びをあげ、のたうちまわっていました。

トリガーはわかっているのです。

家族が見ていた、映画。

外国の俳優さんなのですが目がとてもツインに似ていて、見ないようにしていても目に入るし、そのたびに心臓をえぐられるような痛みに襲われました。

俳優さんの寂しそうな目、怒りを抑えるのに必死な目、そういう演技を見るたびに、ツインを思い出してしまい、つらくてたまらなくて。

ツインと交わした最後の言葉は、「自分は情けない。君もきっと(自分への思いは)変わるよ」

寂しそうにつぶやき、心の扉を閉めるようにぎゅっと体を閉じていた。

寂しくて悲しくてつらくて、どんなあなたでも私は愛しているのに、と伝えたかったのに。

ツインに再会してから、驚くほど元気になって、活動できるようになって、未来や希望という言葉がキラキラして見えるほどになっていて、こういう素晴らしい刺激を与えてくれてわたしの推進力となってくれたのかな、それが今生ではわたしたちのご縁で、結ばれようとする気持ちは、また別のものと考えた方がいいのかなと、少しずつ気持ちを収めようとしていたのに。

魂は、あなたと一緒にいたいと叫んで、からだから飛び出してしまいそうで

必死で自分を抱きしめて、落ち着かせようとしても、獣が暴れるみたいに「いやだいやだ」と叫んでいます。