うつ状態に苦しんでいた時、「普通がいいという病」という本を読んだことがあります。そこで印象的だったのが、夏目漱石が留学し西洋とのギャップにうつ状態になり回復した時「自分本位」ということばをつかんだという文でした。
わたしは、ずっと子どもの頃から、外に基準を置いていました。社会、学校、親、先生、自分よりも「よく知っている」ひとに判断をあずけるのが良いことなのだと洗脳されていました。
今は、何も怖いものはないのは、この人生はわたしの魂の旅だと強く思えるようになったからです。
今世では何十年か早く生まれた「先輩」でも、前世ではわたしのほうが師匠だったのかもしれない。
何年か前の「常識」がものすごいスピードで変わっていく。
残されているのは、
自分の心の声に、従うということ。
「こうするべきだったんじゃないだろうか」と行動やことばをくよくよと悩むということは「こうすべき」基準がありそれに自分は合わなかったのではないかという裁判をずっと心の中でしているようなもの。
問題は「こうすべき」と思われている基準はあやふやで、論理性も良心もなく、「皆そうしているから」といった理由だったりする点です。
ツインとの再会で、久しぶりに恋愛モードの自分になり、高揚感とその次にやってくるのはお定まりの、「自分なんて愛されないに決まっている」という自己卑下。
恋愛マニュアルを読んで、自分はやっぱりもう年だし、かわいくないし、と自分を否定し、ツインソウルブログを読んで、わたしたちはツインソウルじゃないんじゃないか、うまく行かないなんて偽のツインソウルというやつじゃないだろうか、と自分に覆いをかけるようなことをしてしまう。
まだ毎日のようにそういう暗闇にとらわれることもありますが、それから気づくのは、わたしは光り輝く魂であるということ、その輝きを増すために生きているということ。
自分の魂の声を聞き、自分の存在が愛と光であることを知る。
それ以上の喜びはないのかもしれないと思うのです。
0 件のコメント:
コメントを投稿