コメント欄でのご質問があったので、少しさらに整理して考えてみました。
「もう逃げない?」
自分に何度も問いかけました。
ツインソウルは人生の後半に出会うことが多いと、どこかで読ませていただきました。それは幸せなのかもしれないと思います。
私たちが出会ったばかりの20代半ば。人生には選択肢がたくさんあり、未来にはたくさんの出会いが待っているように思っていました。
若さゆえに恋の経験もわずかしかなく、ツインに惹かれる思いがどれほどのものなのか、まったく理解していませんでした。
ツインから逃げた後、いろんな夢を叶えて、一方でたくさんの夢に敗れて、それでも生きてきて、今生で本気で経験したいと思っていたことはすべてやり尽くすことができました。苦悩からスピリチュアルな勉強もしましたし、自分を愛するということを少しずつ学びました。
「やり尽くした。もう生きる理由もなくなった」
そこまでやり尽くせたのは、幸運に恵まれていたからと言えます。モラハラ夫でしたが、結果的には、物質的な面での夢を叶えてくれたという側面もあります。
「さあ、終わった。おウチに帰ろうか」と今生の旅を振り返って、立ち上がって、パンパンとスカートをはたいて、振り向いたら、ツインが待っていた、というのがわたしの心象風景です。
「やり尽くした?おかえり」と抱きしめてくれました。
この世でのわたしの居場所は、彼の腕の中でした。おウチ、はお空かと思って、死を選ぼうとしていたわたしの前に彼はもう一度現れてくれました。
この世のあらゆる(行きたかった)場所に行って、自分の居場所を探し続けてきましたが、どこにもありませんでした。どこも素晴らしい場所でしたが、自分の「ホーム」と感じられる場所は、実家も婚家も含め、ありませんでした。
そういう旅をしてきたからこそ、ツインの腕の中から、「もう逃げない」とわかるのかもしれません。
わたしが人生で求めていた真実。悟りとか、覚醒。それを、社会的宗教的にはもっともあってはならないはずの、男女の形のなかに身を委ねた時、自分が求めていたこの世での三昧の心境にいることに気づきました。
ツインソウルに出会うということは、ブッダのような覚醒をカップルにもたらすということで、それは宇宙の計画、神のお計らいなのだと、信じられるようになりました。
神の啓示を聞いて立ち上がった、キリスト教の聖人のように、最初は信じられない、自分が狂ったのかと思う、やがて受け入れ、それを生きる、それが自分の運命なのだと。
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