2015年4月27日月曜日

性について その2

ずっと以前のことになりますが、「雲に乗る」という本宮ひろ志さんの漫画を読んだことがあります。ご存知の方も多いと思うのですが、青年劇画というのか、エッチなシーンがてんこもりなのですが、人間として生まれ、佛界に戦いながら進んでいくという、どうしてこんな物語が描けるのか本当に不思議になるような、ダイナミックなお話です。

その中で、神々の性についての会話があり、「人間は、体を密着させなくては達しないけれど、その上の神になると手が触れただけで達することができる。さらに上級の神になると、目と目があっただけで達する」といったようなことを知恵のある老女がいうシーンがありました。(細かいところは曖昧ですがこのような意味のことだったように記憶しています)

結局、その話を聞いた女神は、人間の大きさに体を縮めて、体と体で交わってみたい、と経験をするのですが、10年以上前に読んだきりのこのお話を唐突に思い出したのは、ツインソウルに再会してからというもの、実際に自分が経験したことのないほどの快感と達する感覚が何も(体に物理的な刺激を)していないのに、感じてしまうという体験があって、今まで自分だと思っていた「肉体」「精神」がもっともっと大きなものなのではないかと、確信するまでになったからでした。

それまではニューエイジ系の本を読んで、「私たちの中にも神はいる」とか「すべてはひとつ」と、理解してはいても、肉体の反応が、精神を超越するというまでのことはありませんでした。

ツインソウルに出会うと、普段は閉じられている(のか、意識にのぼらない)天上との回路が一気に開かれて、悟りとか覚醒というレベルにいきなり持っていかれるので、それはなかなか至高でもあり、同時につまらなくても穏やかな社会生活を営もうとする私にはハードな体験でした。

ですが、法律や常識が生まれるはるか以前からのこの「性」のエネルギーは、「生」であり「聖」であり、きっと「清」でもあると、ようやく思えるようになってきました。

子供の頃から植えつけられる、性の回避、隠匿、揶揄、力として使うという誤った認識を、ツインソウルに出会ったらすべて掘り起こして、消去して、本来のいのちの輝きとはそんなものじゃない!と、神々の訴えを地上に伝えるのが、大事なお役目の一つなのかもしれないなあと。

こんなことを考えていると、ツインに会って抱きしめて、キスしまくりたい、と幸せな妄想にひたっております。



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