2015年6月26日金曜日

愛を生きる

ツインとの再会から、もうすぐ一年が経とうとしています。

状況は何も変わっていませんが、

わたしの内面の変化はものすごいものがありました。


いま、取り組んでいること。

毎日、目の前にいる人に、笑顔と温かい言葉をかける

常に、上機嫌に振舞う

悩み事を持つ人には、とことん話を聞き、味方だよと伝える




これに取り組み始めたとき、一つ不安なことがありました。

収入もわずかしかないし、体力もたいしてないけれど、続けられるでしょうか?

そこへのメッセージ

「あなたが人のためにと尽くすとき、すべてのリソース(お金、体力、時間)は与えられています」

このメッセージを信じて、やり始めました。

そして、「人に心から喜ばれる」という体験をさせてもらったとき、

わたしの中にくすぶっていた、現世への恨みや辛いという気持ちが消えていったのを感じました。



生きるということ、

愛するということ、

ツインに出会って、本当の愛を知り、わたしは愛を生きられるようになりました。


ありがとう、愛しい人。

愛しています、今日も。







2015年6月15日月曜日

インナーチャイルドケアかも

昨日の夜のこと。

眠る前のぼんやりとした時間に、ふっと瞑想状態になりました。

やせっぽっちの小さな子が、道に寂しそうに座っていました。

見覚えのある顔。

わたしが小さい時、熱を出した時によく出てきた、やせっぽちで背中の曲がった少年でした。

なんて久しぶり。

子どもの頃、熱にうなされると必ず同じ夢を見ていました。

痩せぎすで、背中が曲がっていて、大きな目をして、じっと笑うようにしてわたしを見ていて、怖くて怖くて、汗びっしょりになって目を覚ましたものでした。

その少年を見つめると、寂しそうに見つめて返してきました。

「一緒にお風呂に入ろう」

露天風呂のようなところに、二人で入り、お湯をかけあっこしていると、ツインもお風呂に入ってきました。わたしを抱きしめてキスをして、三人でくつろぐヴィジョン。

そうか、すべて同じではないかもしれないけれど、この少年の象徴するインナーチャイルドをふたりで共有しているのかもしれない。

さびしさ、

ひとりぼっち、

心細さ、

自分は仲間はずれなのではないかという恐れ

三人でお風呂でくつろぐうちに、顔色の悪かった少年も笑顔を取り戻し、バラ色のほっぺになってきました。

過去は癒せる

未来は変えられる

そんなことを思った夜でした。


2015年6月8日月曜日

心の周波数

20代の頃、読みあさっていたのは

「思考は現実化する」ナポレオンヒル

「原因と結果の法則」ジェームズアレン

など、引き寄せの法則のような本ばかりでした。

そこで、リストアップすることを知り、結婚したい相手のことを何十項目もリストアップしました。年齢は4つ上、事業を起こしている、身長は175センチ以上、などなど。

夫に出会った時、そのリストのことは忘れていましたが、のちのち読み返すとすべての項目をクリアしていて、なるほど、これは確かに結果が出ると思ったものでした。

ただし、わたしは大事な項目を書いていませんでした。

わたしをありのまま愛してくれる人、
ずっと愛しあえる人、
優しい愛情表現をしてくれる人

本当は、それを何より望んでいたのに、リストに入っていなかったためにもちろん夫はそれは持ち合わせていない人間でした。


そこで、リストアップの方法には、行き詰まりを感じます。

今も、人間の認知、予想、言語化にはかなり制約を感じていて、何を望んだらいいのか、自由意志という言葉をうまく咀嚼できない日々でした。

それが、今日ふとひらめきがありました。

今までの経験に基づいたリストアップももちろんしてみてもいいだろう

でも、もっと大切なのは、心の周波数はどこに合っているか、なのではないか。

わたしは、結婚相手をリストアップする時、「早くしなければ年を取ってしまう」「相手がいなくなる」という欠乏、不足の周波数に合わせていました。



それよりも、「この世は愛に満ちて豊かである」「楽しくて美しい場所である」「天国に住んでいるみたい」という周波数、「豊穣、芳醇、潤沢」(この言葉は師匠から教えてもらいました)に合わせて、その上で、自分がワクワクすることを行動し、これがやりたい、経験したいとリストアップしていく時、神と人とのダンスのような自由意志と、天国とのコラボレーションが起こるような気がします。

わたしも、まだこれを実践していくところなので、まだまだですが、とりあえずは読んでくださっている皆様とシェアしたい気分になりました。

今日も読んでくださってありがとうございます。

恵みの雨が降り注ぐすばらしい国に住んで、美しい日本語でこうしてコミュニケーションを取れることに感謝しています。


Camille

2015年6月7日日曜日

自分を愛するということ

今のままの自分でいい

臆病で、ときどき逃げたくなる自分でいい

苛立って、すべてを呪いたくなる時もある

それでもいい

そのままでいい

ぜんぶ、自分だから

そのまま受け止めるよ

大好きだよ

心は晴れたり、曇ったり、雷雨になったり

それでもいい

今のままの自分でいい

大好きだよ

未熟? やきもち? 後悔?

それでもいいよ

そのままで大好きだよ

========

1日に何度も唱える、自分への呪文です。

ツインも同じ魂ならば、きっと同じなのです。

自分を深くありのままで愛するということはツインへの愛にもなる。

愛しています。


2015年6月6日土曜日

霊能よりも大切なこと



子どもの頃から、祖母は信心深いところがあり、通常の檀家としても供養を大切にしてました。

が、ときおり家族のいろいろなもめごとを、拝み屋さんのような霊能者の方に見ていただくことがありました。

思春期の頃から、そういった霊能者の方、突然霊能が開いた方、スピリチュアルに生きたくて無理をしててでも霊能を開こうとしている方を間近に見てきました。

祖母が、先祖がこういう人だということを全部当ててもらった!と話すのを聞いて、「知っていることを教えてもらってもしょうがないんじゃないのかな」と少し冷めた目で見ていたところもあり、お布施の額やら、お守りやら、、、高額なのはもちろんのこと、一律の値段というのもなんだか妙に落ち着かない気持ちがしていました。

周りの「信者」に崇められ始めると、偉い人のような振る舞いをしてしまうのが人間ですし、どんどん、相が曇っていくのが、敏感な子どもであるわたしには見えて、そういう人や道場は黒い雲がたちこめているようなひどく恐ろしい場所でした。一度、「家が寒いのですけど、ここにカーテンとドアをつけてもいいでしょうか」という相談をされている方を聞いて、通常でも出来る範囲の判断を、すべてゆだねるといういびつな精神になってしまう方を見ていました。


また別の時は、スピリチュアルな世界に関わっておられる方が、ご自身は霊能は開かないのを気に病んで、かなり無理矢理第三の目を開こうとしたりされたという話を間近に聞いて、それもひどく禍々しいものに感じました。

スピリチュアルも、エコブームにも感じるのですが、自分の方がよりものを知っている、「上だ」と思うことは、相対の世界の罠にどっぷりとはまっていることになります。霊能がないから自分は下だと思うことも。

今は、神から与えられた肉体で、表現し尽くせぬ思いを、それでもなんとか伝え合って、愛し合うことしか、できない。

そんな短い一生ですが、それでいいのだなと思うようになりました。

たいしたことはできないかもしれない。

一歩一歩、歩んでいくしかない。

無力で、非力で、

自分と、せいぜいツインしか愛することはできないかもしれない。



でも、神様はこんなに素晴らしい肉体と、世界を与えてくださり、そこで遊ぶことを許されているのがわたしたちなのだと。

昔、聖書で読んだ「小さきものにしたことは、わたしにしたことである」という神様のお言葉、わたしは「小さきもの」を社会的弱者のようなかわいそうな人、だと思っていたのですが、それはもしかしたら「自分」なのかもしれないと気づきました。

まずは自分を愛し、大切にしよう。

何もできない存在かもしれないけど。

でも今、この瞬間、とてつもなく愛されているのだと。






直感は神の領域

ふとしたことで、この言葉を知りました。

「直感は神の領域」

あの日、初めて出会い、目が合った瞬間に「この人知ってる わたしの相方だ」と思ったことはまさに直感というしかなく、それ以降、理性は「なぜこんなことを思うんだろう?」と不思議で、勘違いかも、のぼせているのかも、愛されるはずがないと否定し続けてきた15年でした。

再会して、もう一度瞳を見つめあって、やっぱりこの人だったんだ、、、と深く思いました。

あの日、神様が落としてくれた直感を信じることができないくらいわたしのエゴはガチガチの鎧でした。

15年かけて、やっとその鎧を脱ぎ捨てて、素のままの自分になって、その直感を受け止めることができました。

この愛が、わたしの存在理由。生まれてきた理由。

それまでの人生がすべて出会うための長い助走だったのだとようやくわかったのです。

もし、一年でも遅く、早く生まれていたら、もし、あの年にあの場所に行かなければ出会わなかった。

それまでの不本意なこと(大学を落ちたこととか、就職場所が違うところだったら、とか)もすべて、この出会いのためだったのだとわかりました。

もちろん心は移ろいやすいもので、ときには不安に振れて、絶望の波に飲み込まれるような気がするときもあります。逃げたほうが楽なのではないかとまた思ってしまうときもあります。

それでも、やり残したことを完遂するために何度も生まれ変わるならば、わたしはこの出会いから逃げてはいけないのだと、何度でも自分に言い聞かせて。今日も、不安の渦の下に、確かに愛があることを見つめています。



今日も、天使の光が降り注ぐようなすてきな1日になりそうです。

読んでくださってありがとうございます。

愛を込めて

Camille






2015年6月5日金曜日

オーラソーマ

友人に教えてもらったサイトで、オーラソーマの誕生日ボトルというのを知り、やってみました。

ほうほう、、、と思える内容で、何の気なしに、ツインの誕生日も入れてみたところ、同じボトルが出てきました。

ひゃー!と驚いたのですが、よく読むと数秘術(誕生日の数字を足していくもの)のナンバーが同じなので、同じ結果なのでした。

でも、ちょっとしたシンクロ。

嬉しい。


オーラソーマは、数年前にも遊びでネットで選んだことがあったのですが、今回自分が選んだものはまったく以前とは違っていて、それにも驚きでした。

本当に、わたしは変わったんだなあと思うひとときでした。

今のテーマは、自分の感性を信じて発信すること、肉体を愛してケアすること。



梅雨空となってきましたが、これも天の恵み。

体を持っているわたしたちが大地と天に生かされているんだなあと実感しています。

読んでくださってありがとうございます。
今日も1日幸せにお過ごしくださいね。

愛を込めて

Camille


2015年6月4日木曜日

エンジェルナンバー

今まであまり興味なかったのですが、エンジェルナンバーを検索してみました。

興味がなかったのは、「人は1日何十回となく、数字が目に入っているけれど、自分はこの数字に縁がある、と無意識でも思っているとその数字ばかりを見ているような気になる」という、つまりは錯覚であるという文章を以前読んだからでした。

ですが、今回、ふとつらい気持ちになったときに、ぐいっと目の前に押し出されるようにして「2222」の数字が目に入ってきました。

これは、素直に調べてみよう。

ネットで検索したところ、「すべてはうまくいっている。信じて奇跡を待ってください」という言葉が。

大丈夫よ、と天が微笑んでくれたような気がして、柔らかい気持ちになりました。


2という数字は、ツインののことのようで、ツインツインツインツインと連呼されているような気分です。

ほっと笑ってまた今日も、1日をありがたく過ごします。

読んでくださるみなさまにも、天からの光が降り注いでいるのを、感じています。


ありがとうございます。

Camille