2017年4月16日日曜日

自分という価値

こんにちは、Camille です。

わたしが、ランナーとなり、

そして今、チェイサーの立場にいて、

「人生、したいことはすべてやり終えたし、死んでもいい」

と達観したような気持ちでいたころ、

どうしても、向き合わなくてはいけない痛みがあぶり出されてきました。


それは
自己無価値観


大切に育てられましたし、
今も、家族にも友人にも恵まれているのに
どうしても自分に価値があると思えない。

原因は、おそらくささいなことなのです。

ガラスのように繊細な心を持って生きてきて、

小さな一言、
親の(単に虫の居所が悪かったからであろう)きつい叱る声、
思春期の同級生のいじわるな目線、

そういうものが、小さな傷をつけて
いつの間にかそれがヒビにまで成長していて、
自分の心は一度粉々になるところまで行きました。

そこから、すこしずつ自分を大切にして、
いたわって、
単純なことでも自分の意向というものを重視することにして、
すこしずつ癒されてきました。

そして昨日、ある言葉がすーっと暗闇だったこころの奥底まで届きました

それは

「自分は、すばらしく価値のある人間だ」

ということば。

否定せず、謙遜もせず、となえてみてください。

「自分はすばらしく価値のある人間だ」


今日は、暖かい春の陽に満たされています。

いつも読んでくださってありがとう。


Camille